直觀の必要

 然しインチユイシヨン、直觀の必要[#「直觀の必要」に白三角傍点]なことは、渠の書から最もよく教へられたのである。宗教も直觀が必要である、詩は尚更らのことである。耶蘇や釋迦などが直觀的に大悟した刹那は、非常に偉大であつたに相違ないが、道を傳へようとする迷ひが出てから、形骸となつてしまつた[#「耶蘇や...

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向上したと思はれて居る心靈

 (十五) 表象の直觀

 かうなると、向上したと思はれて居る心靈が、また草木に轉化することがあると同前、哲學はまた科學と同一徹に出たことになる。近世非常に進歩したと云はれる心的科學は、偉大な形而上學の破碎した斷篇に過ぎない。人にたとへて見れば、エメルソンの云つた通り、身づから短縮墮落した天である。...

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それは盲人の杖である

 然し、それは盲人の杖である。僕等は目が開いては却つて一大表象としての生命が縮まる動物であつて、暗い中をその杖で以つて探つて行けばこそ、その先きへ無限の道が響いて來るので[#「僕等は目が開いては」~「來るので」に傍点]――一たび目が開いたら、位を忘れてしまつた暗算家と同樣、もう、別な人間である。かう...

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