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性善性惡の爭論

 (十三) 善惡の否定

 性善性惡の爭論はもう古臭くなつてしまつた。僕の論旨から云ふと、宇宙は根より水を吸ふ時は草木である、口より食を入れる時は人畜である[#「僕の論旨から云ふと」~「人畜である」に傍点],性善を標榜し、または性惡を主張する時は、その間ばかりは、孟子又は荀子の樣に、内容もない善惡の...

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自我の發揮して來る

 (十二) 意志と現象

 自我の發揮して來るのは、生きたいと云ふ本能の然らしめるところであつて、本能の内部的必然力を運命と云つても善いし、また意志と見ても善い。 僕の云ふ運命を、活動の方面から見ると、意志である[#「僕の云ふ運命を、活動の方面から見ると、意志である」に白三角傍点]。これは、その發...

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仙臺に居た時の經驗

 矢張り仙臺に居た時の經驗であるが、僕は自殺しようと思つたことが二三度ある。その最後の時は、前日に二三の友人に伴はれて、かの青葉城のうしろにある、政宗の立退路《たちのくぢ》と云はれる谷へ、化石を拾ひに行つた。こゝは、自然の開鑿とは思はれない程、規則立つて幅の狹い、また、底深く切り下げた谷合ひであつて...

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