五十四歳の時

 スヰデンボルグは、世界をかういふ風に料理して行くばかりでは滿足しなかつた。五十四歳の時、一種の靈的光明に接して、かの神夢を見たうらなひ者の樣に、欣喜雀躍、忘我の境に這入つてから、官能的世界を道徳的に説明し初め、科學的著述をやめてしまつた[#「五十四歳の時」~「科學的著述をやめてしまつた」に傍点]。内的視力[#「内的視力」に白三角傍点]――エメルソンでは、之が洞察になつて居る――を以つて、他界の事物が見える、而も現世の事物よりも明白に見える、と斷言して居る。プラトーンの書に、最古の代には、今の人間よりも高等な人間が居て、神々に近く住んで居たといふ比喩があつて、これは佛教の『原人論』の思想とよく似て居るが,スヰデンボルグは之に追加をして、この原人ともいふべきものは、この世界を表象的に使つて居たので、天に對しては、渠等はこの世の事物は考へない、たゞその意義を考へたのだ[#「この原人ともいふべきものは」~「たゞその意義を考へたのだ」に傍点]と思つたのである。エメルソンは、この思想を『自然論』に應用して、自然はその理法を洞察的に究めて行くと、透明になつて來て、全く心靈ばかりが殘ると云つたのであらう。 然し、エメルソンの實際生活上には、之をひねくツて、或時、客が『主人は居るか』と訪ねて來たので、自分で『居ない』と答へた,すると、客が『その聲はエメルソンではないか』となじつたので、渠はまた『エメルソンは今天の事を考へて居るから、居ない』と云つてしまつた位が落ちだが,然し、スヰデンボルグには、最も不思議なことが實際に起つて居るので、神秘家の本領[#「神秘家の本領」に白三角傍点]を示めして居る。それは、三百哩も隔つたところの宴席に臨んで居て、そこから自分の住居地ストツクホルムの火事を見とめたことだ。その火事が自分の家から三軒目のところで止まつたことまで云つたので、人々が跡から之を問ひ合はして見ると、果してその通りに違ひがなかつた。これは有名な話で、當時の大哲學者カントも、その席に居て、大いに驚いたさうである。 少し話がそれるが、スピリチユアリズム[#「スピリチユアリズム」に白三角傍点]といふものがある。之を信じて居る人の説に據ると、空間に一種の靈氣があつて、遠方に居る人の樣子などを通信して呉れる。これは、何でも、印度で生れた英國婦人が唱道し初めたのであるが、現今ロンドンで發行する雜誌、『評論の評論』記者ステツド氏は、頻りに之を應用して居るので――誰れでも善い、隔つて居る人の事情を知りたいとか、その人を呼び寄せたいとか思ふと、手に持つて居るペンがおのづから動き出して、それだけの働きをする。而も間違へることはないのである。これは、いつか、氏の雜誌で氏が詳しく書いたことがあるし、また※[#「※」は「姉」の本字、336-36]崎博士は大學で之を説明して居られるさうだ。

— posted by id at 01:27 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.2006 sec.

http://liquiddesign.biz/