日華事変から次で戦争中

 日華事変から次で戦争中、多年、私は武田に逢わなかった。だがいつも親しい気持ちでいた。終戦後、逢う機会が多くなり、武田のうちに或る種の社交調を見出して、ちらと微笑めいた落着かなさを感ずることがあった。そして、いつかゆっくり二人で飲みたいものと思った。 その武田が突然、まったく突然、亡くなってしまった。過労になるほど仕事をしなくても、と思うのは、吾々凡根の故か。ただ、私は淋しい。武田が居なくなったことが淋しい。

 それは、寒《さむ》い、寒《さむ》い冬《ふゆ》の夜《よ》のことでありました。空《そら》は、青々《あおあお》として、研《と》がれた鏡《かがみ》のように澄《す》んでいました。一|片《ぺん》の雲《くも》すらなく、風《かぜ》も、寒《さむ》さのために傷《いた》んで、すすり泣《な》きするような細《ほそ》い声《こえ》をたてて吹《ふ》いている、秋《あき》のことでありました。 はるか、遠《とお》い、遠《とお》い、星《ほし》の世界《せかい》から、下《した》の方《ほう》の地球《ちきゅう》を見《み》ますと、真《ま》っ白《しろ》に霜《しも》に包《つつ》まれていました。 いつも、ぐるぐるとまわっている水車場《すいしゃば》の車《くるま》は止《と》まっていました。また、いつもさらさらといって流《なが》れている小川《おがわ》の水《みず》も、止《と》まって動《うご》きませんでした。みんな寒《さむ》さのために凍《こお》ってしまったのです。そして、田《た》の面《おもて》には、氷《こおり》が張《は》っていました。「地球《ちきゅう》の上《うえ》は、しんとしていて、寒《さむ》そうに見《み》えるな。」と、このとき、星《ほし》の一つがいいました。 平常《ふだん》は、大空《おおぞら》にちらばっている星《ほし》たちは、めったに話《はなし》をすることはありません。なんでも、こんなような、寒《さむ》い冬《ふゆ》の晩《ばん》で、雲《くも》もなく、風《かぜ》もあまり吹《ふ》かないときでなければ、彼《かれ》らは言葉《ことば》を交《か》わし合《あ》わないのであります。 なんでも、しんとした、澄《す》みわたった夜《よる》が、星《ほし》たちには、いちばん好《す》きなのです。星《ほし》たちは、騒《さわ》がしいことは好《この》みませんでした。なぜというに、星《ほし》の声《こえ》は、それはそれはかすかなものであったからであります。ちょうど真夜中《まよなか》の一|時《じ》から、二|時《じ》ごろにかけてでありました。夜《よる》の中《うち》でも、いちばんしんとした、寒《さむ》い刻限《こくげん》でありました。

— posted by id at 08:52 am  

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