新らしい莨の一袋

 餉台の上には、新らしい莨の一袋があった。それを吸っていると、酒が来た。「ずいぶん、お酔いんなったわね。余り飲ませるなって、武田さんが、そう言ってたわよ。」「自分のことを棚にあげてね……。武田君、どうしたんだい。」「もう、さっき、お帰りんなったわ。あんたに、枕をさせて、宜しく言ってくれって、親切だったわよ。喧嘩でもなすったの。」「ほほう、喧嘩のあとの親切か……。」 なにか変梃で、私は気持ちがはっきりしてきた。「武田君が、ほんとにそんなことを言ったのかい。」「なによ。」「余り飲ませるな、……そして、宜しくって、そんなことを言ったのかい。」「ほんとよ。どうして……。」 女中は怪訝そうに私の顔を見た。が私は、じっと武田を見ていた。 武田はたいてい、はたには全く無頓着に、謂わば傍目もふらずに、別れ去るのだった。 大体、酒宴の席から去るのに二つの型がある。主賓席に挨拶して、所謂フランス風に立ち去るのと、殆んど挨拶なしに、所謂イギリス風に消え去るのと、二つの型だ。これが、飲み仲間だけの酔後には、大きな差を作る。相手を物色して、見失わないように連れ立って歩き、腕を組み肩を抱えまでするのが、一つ。も一つは、連れがあろうとあるまいと、そんなことには頓着なく、恰も自分一人ででもあるかのように、気の向く方へ、鼻の向く方へ、さっさと歩き去ってゆくのだ。 武田はたいてい後者だった。他人は眼中になく、独立独歩の調子だった。最近、周囲に対する顧慮を聊か示すことが多くなったようで、社交的になったのかなと、私は内心微笑したものだった。小林で飲んでた頃は、二人で対坐していても、何かをふと思い出しでもしたかのように、すっと立ち上ることも珍らしくなかった。もっとも、私の方にもそんなことはあった。 だから、あの夜明け、武田が親切だったと女中に聞かされて、私はちょっと腑に落ちない気がすると共に、へんに淋しい心地になった……それを、今、はっきりと思い出すのである。

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