一皮むけば違った人間になる

 いくら皮をむいても何にも出て来ない、つまり、如何に裸になり真剣になっても大した仕事が生れない、と言うのは武田の卑下であって、彼は確かな芯を持っていた。私自身、いくら皮をむくつもりでも、すっかりはむけないし、大した仕事も生れ出ないことを、自ら歎じてはいたが、それでも芯についての自信はあった。だから二人とも声を揃えて、朗かに笑った……らしい。 笑ってしまえば、もうそれでよいのだが、さて、芯の問題を離れて、皮の問題だけが残ったのである。そして私達は珍らしく、文学論……というよりは作家論を初めた。 一皮むけば違った人間になる、つまり嘘かごまかしかの皮をかぶってる、そういう作家が最も下等だ、という前提のもとに、私達は仲間の文学者達を批判した。このことについて、武田は厳粛であり痛烈であり尖鋭であった。――この時の彼の意見を述べれば長くなるし、また酔余の論議なので私は充分に記憶していない。 ただ、こういう作家論を痛快にやってのけた武田自身こそ、嘘やごまかしの皮をかぶること最も少い作家であり、否殆んど皮のない作家だった。彼は高邁な文学精神を持って市井にもぐりこんだが、その高邁な文学精神と創作実践に於ける取材対象と、両者の間に何等の間隙も認められないことは、作家としての彼の嘘の無さ、ごまかしの無さを、立証するものであると私は考える――よりも寧ろ私は感ずる。この私の直感は、彼について常に動かし難いものである。 らっきょうには芯はなかったが、武田にはそれがあった。あのごまかしの無さを以て、武田が自分の芯をさらけ出してくれることを、程近いと私は期待していた。茲に言う芯とは、告白めいた感想とか自伝風な作品とかではなく、文学や生活をひっくるめた理念、人生観、というほどの意である。彼が急逝したことは惜しい。彼自身も今死のうとは思いがけなかったろう。 さて、あの晩、私達は珍らしく放談したが、酒も聊か飲みすぎて、さめるどころか更に酔い、いつしか私はうとうとと眠ったものらしい。横になったり、また坐ったり、そういうことを繰り返していたのを覚えている。 なんだか薄ら寒い心地で眼をさますと、硝子戸の外はもう明るかった。私は一人だった。立っていって、梯子段の上から手を鳴らし、女中に熱い酒を頼んだ。

— posted by id at 08:50 am  

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