戯談は兎に角

新井  戯談は兎に角、僕、ほんとに行つて来ますよ。だけど、証拠でもないと、大将にどやしつけられさうだなあ。とね  それやさうよ。だから、あんた、探して来て御覧よ。書置なら、大概、人の目につくところに置いたるから。新井  呆れたなあ、こいつあ……。あんた、人を舁いでるんぢやないですか。とね  さう思ふなら、それでもいゝわよ。あたしや、なんにも、あんたに頼んでるわけぢやないんだから……。新井  兎に角、あんたは、心配なんですか、心配ぢやないんですか。とね  あたしが……?新井  たしかにさういふ気がするんですか、しないんですか。とね  さういふ気がするから、するつて云つたゞけよ。それ以上、別に、なんでもないのよ。新井  益々わからん、僕にや……。それで、あんたは、先生が死んで、なんともないんですか。さうして、ぢつとしてゐられるんですか。とね  だから、どうにもしようがないつて、云つてるんぢやないの。わからない人ね。新井  悲しくも、怖ろしくもないんですか。とね  そんなこと、あんたが聞いてどうすんの。あたしがどう思つたつて、勝手ぢやないの。新井  まあ、騙されたと思つて行つてみよう。僕は、心配な時は、心配な顔しかできない人間なんだ。笑はれたつて、かまやしない。(向うへ行きかける)とね  誰も笑つてやしないわよ。お待ちなさいつたら、ちよつと……。新井  ……。とね  今の話は、みんな出鱈目よ。だつて、死にゝ行く人間が、明日の朝、峯の茶屋まで自動車を迎ひに寄越せつていふわけはないでせう。新井  全くですね。

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